マテバシイについて

マテバシイ (Lithocarpus edulis) とマテバシイ林に関するこれまでの知見(分類・分布、生理生態、植生、農林業)をまとめたページです。
なお、書籍や論文から収集した情報が中心となります。

マテバシイ植林

1. 分類・分布

1-1. 分類

マテバシイは、シリブカガシ(Lithocarpus glabra)とともにマテバシイ属(Lithocarpus)に属する(尼川・長田 1988)。
また、マテバシイ属はクリ属(Castanea)やシイ属(Castanopsis)とともに、ブナ科のクリ亜科にまとめられる(武田 2002)。

樹高15m、幹の直径60cmに達する常緑高木である。花期は6月で、翌年の秋に堅果が熟す(佐竹ほか 1989)。

果実はカシ類の中では最も大きく、果実の長さは3cmに達する(尼川・長田 1988)。

1-2. 分布

マテバシイ属(Lithocarpus)の種は、極東から熱帯アジアに広く分布し、北米西部にも隔離分布している(武田 2002)。

現在は本州・四国・九州・沖縄の暖帯から亜熱帯にかけて広く分布しているが、古くから植栽されていたために自然分布の範囲が不明である(佐竹ほか 1989)。

本来の自生地は九州以南とされているが、暖地で植栽されたマテバシイが野生化し、所々でマテバシイ林が見られる(林 2012)。

植生調査資料、植物図鑑、地域植物誌などから得られたマテバシイの分布域は、本州(山口・島根)・四国(徳島)・九州(熊本・宮崎)・沖縄となっている(服部・南山 2001)。

山口県においては、マテバシイは下関市を中心とした沿海部に限定的に分布し、同じ属のシリブカガシはマテバシイよりも東西方向に広範囲に分布していた(阿部・伊達 2007)。

2. 生理生態

2-1. 耐凍性

屋久島の山地帯下部(200m-600m)に生育するマテバシイの耐凍性は、葉・芽・靱皮組織・材のいずれも-12℃であり、同じ標高帯に生育するアカガシ、ウラジロガシ、サカキとほぼ同等であった(酒井 1974)。

2-2. 発芽率

2週間の冷湿処理後に5段階の温度(9℃、16℃、23℃、30℃、35℃)で発芽率を調べた。
マテバシイは9℃で最終発芽率が最大値(80%)となったが、温度の上昇とともに最終発芽率が低下し、35℃では全く発芽しなかった。
スダジイは全ての温度で発芽していたが、最終発芽率は16℃で最大値(64%)を示した(養父ほか 1998)。

2-3. 虫害

マテバシイの雌花数は、カシノナガキクイムシの激甚被害地と無被害地との間で差がみられなかったが、激甚被害地ではマテバシイの果実(総苞)のサイズが有意に低かった(曽根ほか 1996)。

3. 植生

3-1. マテバシイ植林

三浦半島のマテバシイ植林の植生高は10mから15m程度で、相観的にはタブノキやアカガシの常緑広葉樹林と似ているが(鈴木 2001)、スダジイ林(ヤブコウジ-スダジイ群集)と比較して種組成が著しく貧弱な植生であった(小嶋 2011)。

その一方で、タシロラン(大森 1988; 吉村 2010; 小嶋 2012)、クロムヨウランおよびマヤラン(大森 1988)などの腐生ラン(菌従属栄養性のラン)の他、コクラン(小嶋 2011)、ササバギンラン(小嶋, 2014)など、複数のラン科植物が林床に生育していることが確認されている。

また鹿児島県においても、ウスギムヨウラン、ムヨウラン、クロムヨウランがマテバシイ林においても稀に出現することが報告されている(丸野 2010)。

九州北部のマテバシイ林と常緑広葉樹林の種組成を調べた結果、マテバシイ林に特徴的に出現する種群は無く、高木層のマテバシイのみによって区分された。
また、マテバシイ林が発達して胸高断面積合計や高木層の樹高が増加するに従って、下層植生が貧弱になる傾向が見られた(伊藤ほか 1988)。

九州西部では、マテバシイはシイ林内に単木的に存在するが、マテバシイ萌芽林は平戸島と壱岐に限られており、分布域の温量指数は115℃・月から125℃・月程度となっている。
マテバシイ萌芽林の分布が限定的な理由としては、旧松浦藩で救荒食料として植樹を推奨したためと言われている(伊藤 1971)。

25年生のマテバシイ萌芽林において、隣接する種子源となる林分(2年生と13年生のマテバシ萌芽林)が埋土種子の構成に与える影響を調べた。
採取した土壌から得られた種子は、25年生林分と隣接する林分の両方に出現する種群(ヒサカキやイヌビワ)、隣接する林分にのみ出現する種群(アカメガシワ、カラスザンショウ、タラノキなど)、どちらの林分にも出現しない種群(ツルウメモドキやヤマハゼ)に大別された(デルミーほか 1988)

3-2. マテバシイ自生地

マテバシイの自生地である屋久島では、スダジイ、ヒメユズリハ、ウラジロガシなどの種群とともに、頂部斜面や上部谷壁斜面において優占種となっていた(朱宮 2006)。

3-3. 植生遷移

千葉県鴨川市のマテバシイ植林において、土壌浸食の防止を目的として帯状皆伐を行った結果、伐採3ヶ月後にはベニバナボロギク-コセンダングサ群落が形成され、さらに1年3ヶ月後にはコセンダングサ群落とカラスザンショウ群落へと変化した。
このようにマテバシイ植林の伐採後に、ごく短期間で草本群落から低木林への遷移が起こっていた(野原ほか 2007)。

マテバシイ植林では、極相林で優占種となるスダジイやアカガシなどの母樹や稚樹が少ない一方で、萌芽由来のマテバシイの稚樹が多数出現していた。
一般に、実生と比べて萌芽の方が生存率が高く生長が速いため、マテバシイ植林では今後もマテバシイが更新し続けると考えられる(小嶋 2011)。

4. 農林業

4-1. 木材利用

三浦半島や房総半島には、東京湾の「のり養殖」用のホダ木として植栽されたマテバシイ植林が存在する(鈴木 2001)。

4-2. 食用利用

果実に渋みが無く食べられるため、九州以外の地方にも救荒用に植えられたマテバシイが存在する(尼川・長田 1988)。

2009年(平成21年)より、マテバシイの果実を主原料とした「どんぐり焼酎」の販売が開始されている(春日市商工会 2012)。

マテバシイの微量栄養素(ミネラル、ビタミン)を調査した結果、銅とマンガンの含有量が他のブナ科植物(クリやツブラジイなど)と比べて高かった (古川ほか 2023)。

引用文献

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